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Albert Desalvo

アルバート・デサルボ

1961年6月から翌1月までに13人の女性を殺害と自白

犯行現場は憎悪と混乱を極めていた

被害者は女性のみで、殺害した13人中、若い犠牲者が5人、老婦人が8人

2000件のレイプを自白。結婚しており子供が2人

連続レイプで終身刑となった後に、自分がBoston Strangler(ボストン絞殺魔)であり11件を殺したと自白したが、73年刑務所内で刺殺。物的証拠が全くなかったため殺人では起訴されていない。

最近のDNA鑑定では、こうした自白が嘘であることが判明

 




2001/12/13日の米国CourtTVによれば、ジョージワシントン大学のJames E. Starrs教授が、デサルボの犠牲者の一人とされているメアリー・サリバンの遺体から採取された68の検体をDNA鑑定にかけた結果、デサルボが犯人ではないことが判明 した。彼はこう言っている。

      私が陪審員なら、何も聞かずに無罪にするだろう
         “If I was a juror, I would acquit him with no questions asked.” 

サリバンの姉(左)は長年にわたってデサルボが犯人ではないと主張し続けており、「警察が真犯人を長いこと放っておいた事に不満」と語った。

デサルボは物的証拠が全くなかったため、殺害したと自白した11件の絞殺について起訴されていない。また、デサルボの身体特徴は目撃者の証言とも食い違っている。

最後の犠牲者とされるメアリー・サリバン(当時19歳)は裸のままベッドで発見、膣にほうきが差し込まれ乳房が切除されていた。

顔面と口内に犯人の精液が付着していた。

サリバンを含め、13人の女性は自分の持ち物や衣服の一部で絞殺されたが、デサルボの当初の証言ではメアリー・サリバンを手で殺したと言っている。

また、自宅には押し入った形跡がないため顔見知りの犯行の可能性が高い。デサルボとサリバンには、面識はなかった

デサルボは別の連続レイプ事件で終身刑になり、収監中に刺殺された(1973)。アルバート・デサルボが11人殺害を自白した動機は、「終身刑で2度と外に出られないので 、本を書いてその収益を妻子に送るためだった」と弟のリチャード・デサルボ(左)は推測している。

サリバンの遺族は捜査の再開と証拠の開示を求めてマサチューセッツ州を提訴、検事総長は事件は解決済みとして争う姿勢を示している。


犠牲者は、発見されたとき独特の儀式的ポーズをとっていた。殺害はすべて被害者の衣服を用いた絞殺。

衣服を裂いたひもで左右対称の手の込んだ蝶結びを施し、両足を広げ性器をドアの方向に向けて放置した。

デサルボは、写真家のエージェントを装って若い女性宅を訪問して体のサイズを聞いたことで逮捕、短期間勾留されたことがある(1961)。

アルバート・ デサルボの父親は、自宅に娼婦を連れ込んで妻と喧嘩になると、殴ったうえにまだ幼いデサルボが見ている前で指を一本ずつ楽しむかのように折っていった。

ボストンを恐怖で凍り付かせた、アルバート・ デサルボは父親についてこう述べている。

オヤジは配管工だった。俺の背中じゅうをパイプで殴ったよ。よける間もなかったね

デサルボは結婚して妻と同居していたが、性欲が異常に強く、一日に5〜6回の性交を要求していた。

デサルボは飽くなき性欲によっておびただしい数のレイプ事件を起こす。警察の発表数では300件だが、本人の自白は2000件だという。

 

精神科医、人類学者などがプロファイル委員会を結成、「精神医学的プロファイル」が作成された。当初、委員会は13件の殺人に対して犯人が二人だとしていた。また犯人像に関して

「支配的で魅力的な母親に育てられるが母親への憎悪を表現できず、その代わりにその憎悪をほかの女性に向けた。一度でも支配的な母親と喧嘩ができたなら、犯人は普通の人生を生きていただろう」

しかし、メテスキー事件で有名になったジェームズ・ブラッセルは単独犯説を展開した。

殺害された犠牲者たちは、両足を開き性器をドアに向けた状態で発見されたが、レイプはされていなかった。唯一、メアリー・サリバン(19)の場合のみ、遺体のそばに射精した痕があった。

デサルボは母親が支配的な家庭で育ち、性的能力は極度に強く、妻の証言によれば1日に4-5回の射精が必要だった。軍隊を名誉除隊し、建設会社で10年働いていた。

これらの点は、一般的なレイプ犯の犯人像とは明らかに異なってはいるが、ブラッセル博士のプロファイルも完全に外れた (つかまっていない真犯人については当たっているかもしれない)。

メテスキー事件では名声を博したブラッセル博士だったが、デサルボの時は警察の捜査を誤った方向に動かした。欧州南部の出身、歪んだエディプスコンプレックス(=マザコン)、性的能力の欠如からくる女性一般への憎悪、などを推理したが、これらは明らかにデサルボの特徴とは違っている(犯人ではなかったので当然ともいえる)。

デサルボの逮捕は偶然で、ボストン絞殺魔としてではなく窃盗によるものだった。

裁判では、自白以外の物的証拠がなく、殺人罪では起訴されなかった。連続レイプ事件では、犯行時に緑のズボンをはいていた目撃証言が決め手となり、1966年終身刑となる。一度脱走するがすぐ捕まった。

73年刑務所内で刺殺。

CBSテレビは殺人に関しては「物的証拠が無く、しかも自白が矛盾する」として冤罪の可能性を報じている(2000/09)

 

 

 

 

 

 

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