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子供達には父親は事故で死んだと言ってくれ

 

 

 

ロバート(ボビー)・ジョー・ロング

放射線技師

50件程度の強盗強姦を犯したと推計。警察での自白は15件

殺人は10人。車の前部座席を倒して両腕を後ろで縛りうつぶせに寝かせて後ろからレイプするという手口は一貫しており、遺体には白いスカーフを残した。

別れた妻との間に2人の子供

終身刑26回と死刑判決を受けるが、再審請求を繰り返しながら現在も収監中

Robert (Bobby) Joe Long

元妻のキャシーと出合ったのは13歳の時で崩壊した家庭に育った不満を共有できたこともあり、深い信頼関係を持つ。6年にわたって交際した後、19741月に結婚、二人の子供をもうける。その時、ロングはフロリダのホームステッド空軍基地に陸軍兵士として勤務していた。この頃にオートバイの事故で頭部に大怪我を負ったが、この頃を境にロングの暴力的言動や度を越した性行動が目立ち始めた。後の証言では一日に45回の射精が必要で、性交も暴力的なものだった。なお、子供の時にも頭蓋骨に損傷を受けたことがあり、弁護団はこれが原因で行動を抑制できなくなったと述べている。

キャシーとの関係は離婚後も続いており、彼女は逮捕される直前にロングの家を子供と一緒に訪問する予定だった。逮捕後に電話をかけ、「子供達には父親は事故で死んだと言ってくれ」と述べたという。


198110月、ロングと同棲していたシャロン・リチャーズという女性がレイプされたと警察に訴えたことがある。この時は証拠不十分で逮捕に至らなかったが、この2週間後に口論の末に彼女を殴って怪我をさせ裁判に。反省の態度は全く見せず、全てがリチャーズのせいであって自分は何も悪くないという手紙を再三にわたって判事に提出。 

198311月、リチャーズへの暴行の裁判が継続している間に、12歳の少女へ猥褻な手紙・写真を大量に送ったとして逮捕。少女への猥褻電話の記録から2日間勾留され6ヶ月の保護観察に。リチャーズへの暴行は証拠不十分で無罪。 

19842月、放射線技師として働いていた病院を退職 

1984/03/06日、新聞に家の売却希望広告を出していた女性宅を訪れたロングは、新聞の広告を見たので家の中を見せて欲しいと言って家の中に侵入、銃で女性を脅し 、レイプした上で殺害。盗んだ指輪を質に入れた。 

この頃、病院の同僚で看護婦のエマという女性と交際、数々の強盗強姦事件で奪った宝石類を彼女にプレゼントし続けた。 

 

1984/03/27Artis Wick(20)を車に乗せ、レイプした後に絞殺。彼女の白骨化した遺体はロングの逮捕後に発見、ロングは当初は否認していたが 、ずっと後になって罪を認めた。この1ヵ月後、ジャガーに乗った女性を誘拐しようとするが失敗し逮捕。この頃にロングは捕まらないためには殺害するしかないと考えるようになった。 

職が見つからずエマが浮気をしたため落ち込んでいた。 

ラオス出身の小柄な女性Lana Long(20才:南カリフォルニア大学の学生で美術専攻)を車に乗せ、レイプして絞殺。

84/03/13日、警官が現場に到着したとき、全裸の遺体は顔を泥水に突っ込み、足を大きく広げていた。現場にはタイヤの跡と赤い繊維が残されていた。   

 

Lana Long


Michelle Simms(22)はカリフォルニアの美人コンテストで賞をもらったことがあったが、コカイン中毒のために売春婦となっていた。

客として近づいたロングは彼女を車に乗せると服を脱がせて両手を縛り「現場」へ向かった。レイプした後に絞殺しようとするが、激しく抵抗されたためナイフで喉を切り裂いた。この殺人はLana Longの時から2週間しか経っていなかった。警察はタイヤの跡と赤い繊維、犯人のものらしい毛髪と足跡を発見。 

2件の殺人が同じ犯人によると考えた州警察はFBIの行動化学科(BSU)に捜査を依頼したが、報告書が帰って来ないうちに次々と若い女性が殺されていった。   

 


1984/06/08Elizabeth Loudenback(22)を同様にして殺害。銀行から預金を引き出した。遺体は16日後に森の中で発見。後になって赤い繊維が発見されるが、遺体が衣服を着けていたこともあり、州警察は当初、前2件の犯行と違う犯人によるものと考えたため捜査は遅れた。 

1984/06/14、病院(Tampa General Hospital)で放射線技師として働き始める。 

1984/07 女性の誘拐未遂で1500ドルの罰金と3年の保護観察。

マイアミに旅行し売春婦をレイプして全裸のまま森の中に放置。犯行を写真におさめた。   

 


1984/09/07、ウェイトレスのVicky Elliott(21)を殺害。ハンドバックからはさみを出してロングに切りかかったため、逆上したロングは彼女をレイプしてから絞殺。遺体が発見されたのはロングが逮捕されてからで、なかば白骨化。ハサミは膣に突き刺さり、腹部に達していた。


 

同月、刑務所から釈放されたばかりで金がなく売春していたChanel Williams(18)を殺害、絞殺しようとして抵抗されたため 、初めて銃で頭を撃って射殺。

帰る際に車から衣服を投げ捨てた。この事件でも赤い繊維が見つかり、遺体に残された精液が一致した(Michelle Simmsは売春婦だったため不一致)。   

 

 


1週間後、ヘロインを買うために売春していたKaren Beth Drinsfriend(22)を「47ドル」払うといって車に乗せ、同様にしてレイプし殺害。   

 

 

 

 


Kimberly Kyle Hoppsを絞殺、遺体を排水溝に遺棄。この頃からマスコミの報道が過熱、警察の捜査も大掛かりになっていった。

   

 

 

 

 


1984/11/03の深夜2:30、勤務先から自転車で帰宅途中のリサ・マクベイ(Lisa McVey17)を見つけたロングは車で先回りして待ち伏せ、銃で脅して車に引きづり込んだ。服を脱がせて後ろ手に縛った後、車を走らせている間はフェラチオを強要。目隠しをして自宅に連れ込んだロングは、26時間にわたってマクベイを監禁、肛門を含め数回にわたってレイプした。

しかし、彼女は奇跡的に生還した。マクベイは生きて帰るためには一切抵抗せずに開放されるのを待つしかないと考えていた。テレビのインタビューでは「一緒にいたい」等、ロングを受け入れる言葉をかけたところ、ロングはしばらく混乱した後、マクベイに優しく接するようになったという。彼女を「Babe」と呼び、ハムサンドを作って食べさせ、「君にはもっと別な形で会いたかった」と述べた。マクベイはこれが生きて帰るための「心理作戦」だったと語っている。

翌日の深夜200時頃、ロングはマクベイに目隠しをして車に乗せた。車に乗る際、マクベイが窓枠に頭をぶつけた時、ロングは丁寧に謝った。彼女にキスしてから車を出し、銀行のATMで自分の口座から金をおろした。この時、マクベイは目隠しをずらし、周りを見て周りの様子を詳細に記憶していた。銀行の白い建物、ロングの車が赤でダッシュボードにマグナム(Magnum)という銀色の文字、緑の文字で表示されるデジタル時計、近くにあったホテルの名前、などマクベイの証言が後のロングの逮捕に直結した。 

ロングは駐車場のベンチにマクベイを座らせ、抱きしめてキスをした後、10分間目隠しを取るなといって車で走り去った。朝4:30、自宅にたどり着いたマクベイは警察に連絡、後にマクベイの父親は「この時ほど神に感謝したことはない」と述べた。

 

 

 

 

ロングの犯行は止まらなかった。

1984/11/05、高校生Virginia Johnson(18)の白骨化した死体が発見された。彼女は学費と薬物代を稼ぐために売春していた。   

 

 

 

 


その週には、高速道路下の草むらでKim Swannの遺体が発見された。彼女はひどく酔って車を運転しており、停まったところでロングが「一緒に飲もう」と声をかけた。車の中で殴り合いになり激しく抵抗されたため、いつものようにレイプすることなく高架から草むらに突き落として走り去った。 

Kim Swannの遺体が発見された2日後、FBIと地元警察の合同捜査チームが編成され、リサ・マクベイの証言を軸に大掛かりな捜査が始まった。そして、朝3:39分に銀行(Florida National Bank)で金をおろし、赤い車(Dodge Magnum)を所有、誘拐で保護観察中、1974年にはレイプで起訴されたことがあるということでロングが浮上、警察はロングを24時間監視し、逮捕状の準備を始めた。FBI行動化学科の尋問専門家が連絡を受け飛行場に向かった。


ロングは警官に尾行されていることも逮捕が近いことも全く気づか なかった。変装した警官に囲まれている間も、南カリフォルニア大学のテニスコートの近くに車を停め新聞を読んだ後にラケットボールのコート脇に移動するなど不審な行動を取っていた。 

逮捕状に判事が署名すると捜査チームは映画館にいたロングの逮捕に向かった。映画館から出てきたところを数人の警官に囲まれたロングは 、抵抗することなく手錠をかけられて警察の車に乗った。 

ロングは警察での尋問に素直に応じ、何も隠さずに事実を詳細に証言、死体発見現場の地図を書くなど協力的だった。また、殺人以外の15件のレイプを自供。件のレイプを自供。リサ・マクベイを開放したことは後悔していないと述べた

 

車の中にはいろいろな長さに切ったロープを常に準備していた。 

1986/07/25、電気椅子での死刑が決まるが上告、警察での自白時にロングが弁護士を要求したが警察がそのまま尋問を続けたことなどから裁判は長引いた。

死刑執行待ち状態で再審請求を繰り返しており、今も刑務所に収監中。物的証拠が明白なのに膨大な税金を浪費しているとの批判が強いが、死刑反対派からの支持活動もあって刑の執行のメドはたっていない。

 

 

 

 

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