母親Viola Dison Wall
Lucasはアルコール中毒の売春婦。父親Andersonは、貨物列車からの転落事故で両足がなかったため、職に就くことができず、アル中に。鉛筆の販売や酒の密売をしていた。
バージニア州のMontgomery郡の「家」は電気がなく、ほったて小屋に近かった。母親の愛人であるポン引Bernieという汚らしい男が家に出入りした。
寝室が一つしかなかったため、ルーカスや兄弟達、時には父親さえも、母親がBernieや「客」と性交している隣の部屋にいた。そしてルーカスたちに性交を見るように強要し、目をそらすと殴りつけたという。
母親は掃除や料理といった家事を全くしなかった。虐待は激しく、口汚く罵る上に暴力もひどかった。裁判用に意図的に作った話ともとれるが、隣人からの証言によってルーカスの悲惨な少年期は、ほぼ事実と推定されている。
生活は貧しく、母親の指示のもと食糧や薪を盗むようになった。また父親が密造していた酒の蒸留機を見張ることをはじめ、朝から晩まで働かされた。10歳のときは既に酒好きになっていた。生きた小動物の皮をはいで苦しむのを見て楽しんだとも証言している。
ある時母親が使いっぱしりを命じたがルーカスが断ると、棍棒で頭を殴られ、頭蓋骨骨折で昏睡状態になった。母は起訴を逃れるため医者には梯子から落ちたと述べた。
母親はルーカスの髪をカールし女装させ学校に行かせた。教師が着るものを与え、長い髪を切るように言うと母親は激怒した。またルーカスはいつも不潔で栄養失調気味、学力は極度に低かった。
左目は兄の一人が喧嘩中にナイフでくりぬいたため、義眼。
アル中ながらも唯一ルーカスに優しさを示すことがあった父親が、雪の中で泥酔し肺炎で死亡してから、彼が生涯持ち続ける激情型の行動パターンが顕著に現れるようになる。
兄が家出して海軍に入った頃からルーカスはあまり自宅に戻らなくなる。強盗や空き巣を繰り返し13歳の時少年院に送られた。記録では,よく問題を起こし、何度も脱走しようとした。
1年後に出所、強盗・空き巣を繰り返し、17歳の少女に対する強姦殺人で懲役刑となる。
このとき精神科医がおとなしいルーカスをみて「異常はない」と誤診したため短期間で釈放されてしまう。
1959年に出所、ミシガン州のTecumsehで異父の姉オパール(Opal)と同居する。この時、貧しい生活をしていた母親が訪ねてきてルーカスに同居を迫るが、激しい口論となる。 母親がほうきでルーカスの頭を殴りほうきが折れた。供述によれば、覚えているこのは母親の首を叩いたことだけで、気付くと母親が倒れていてナイフを持っていたという。死んだと思いその場を離れたが、実際は母親Violaは死んでおらず、オパールが救急車を呼んで病院で死亡している。 死因はナイフの傷害によって誘発された心臓麻痺だった。裁判では、殺意はなく正当防衛であり、犯行時も一時的心神喪失状態にあったとして無罪を主張するが、第二級殺人で懲役40年、南カリフォルニア州立刑務所行きとなる。 |