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お分かりだと思うが、私には、法や道徳への敬意などない

"As you know, I have no respect for law or morality."

 

Theodore John Kaczynski

ユナボマー(Unabomber)という名称は、初期の標的がUniversityとAirlinesだったことからFBIがつけたもの。1942年生まれ

死者3人。怪我23人。

元、カリフォルニア大学教授(数学)

1978-1996年まで18年にわたって、警察やFBIの捜査を巧みに逃れながら、精巧な爆弾を16回にわたって送った。対人関係が苦手で森の中で25年間孤独に暮らしていた。

16歳でハーバード大学に入学。博士論文が絶賛を浴び、カリフォルニア大学バークレー校に終身の身分保障付きで教授に迎えられた

4つの終身刑と仮釈放なしの懲役30年が確定。現在も収監中。自殺未遂1回。

ジョン・ダグラスのプロファイル(英語)

 

セオドア・カジンスキー

 

 


              幼少期

カジンスキーは、まだ生後6ヶ月の頃、蕁麻疹性丘疹(皮膚の出来物)が全身にでき、母親すら面会できない状態で(母親が入院中の乳児に面会できるようになったは翌43年)、ベッドに縛り付けられ、体を調べられ、写真を撮られた。

その後も体は弱く、子供の頃何度も入院した。現在も健在のカジンスキーの母親は、メディアとのインタビューで、乳児期の病院の取り扱いについて繰り返し詳細に語っている。逮捕後、FBIに提出された母親の日記の1943/3/12日の記述には、「体は良くなったが、病院でのつらい経験の後、無表情・無反応になった」と書かれている。"Baby home from hospital and is healthy but quite unresponsive after his experience," she recorded in a baby book on March 12, 1943.


病弱な体質は成長に連れて改善したが、成長に連れて自分の殻に閉じこもり、家族や友人たちに素っ気ない態度をとるようになる。両親はボーイスカウトに入れてみたりしたが、やはり周囲の人々とうまくやっていくことはできなかった。

学校の成績は抜群に良く、音楽にも才能があった。愛用のトロンボーンをいじるのが好きで、父親のピアノにあわせて、演奏したこともよくあった。バッハやビバルディがお気に入りで、作曲の才能もあった。


友人と遊ぶことはなく、本を読むのが好きだった。15歳の時、シカゴ大学から奨学金をもらい、夏の間ギリシャ悲劇の講義に出席した。



               青年期

16歳でハーバード大学に入学するが、環境には適応できなかった。学校が終わればすぐにまっすぐ自宅にもどり、普通の大学生のように友人と活発に活動するということは全くなかった。当時のルームメイトによれば、部屋の汚さは異常で、腐った牛乳が転がっていたという。また、後の証言によれば当時、「セックスへの激しい飢餓感"acute sexual starvation."」に苛まれていたが、つきあう相手が見つからず、悩んでいたという。

後の証言でこう述べている。


女性を口説こうとしても、惨めな結果に終わった。それは30歳になるまで長いこと続いた。女性に話しかけることは、極めて難しくほとんど不可能だった。19-20の頃、付き合っていた女性がいたが、人生で女性と付き合ったのはその一回だけだった。こんなことは言いたくはないが………

"My attempts to make advances to girls had such humiliating results that for many years afterward, even until after the age of 30, I found it excruciatingly difficult -- almost impossible -- to make advances to women ... At the age of 19 to 20, I had a girlfriend, the only one I ever had, I regret to say."    


               隠遁



博士論文が絶賛を浴び、カリフォルニア大学バークレー校に終身の身分保障付きで教授に迎えられる。しかし、教え子の学生達がエンジニアになろうとすることに不満を抱いていた。それはエンジニアという職業が「近代科学」の申し子であって「環境破壊」の先兵だと考えていたからだった。また、気弱な性格により、同僚の教授や学生達から嘲笑されていた。逮捕後の証言では、同僚達はカジンスキーのことをよく覚えていなかった。

大学を自ら辞め、モンタナ州の山奥に小屋を建て、電気、水道などの全くない状態で20年にわたって孤独な隠遁生活を送る。


1978年から逮捕された95年までに精巧な爆弾を16回にわたって大学や航空会社に送った。モンタージュが全国をくまなく行き渡り、捜査機関が必死の捜査を行う中、犯行を続けた。

反科学、反技術の狂信的主張を繰り返し新聞に投稿した。1995年、35000語に及ぶ「声明文(manifesto:434kb)」をニューヨークタイムズやワシントンポストに送り、もし掲載されれば、犯行を停止するという条件を突きつけ、掲載させることに成功する。


この声明文を読んだカジンスキーの弟Davidが兄から来る手紙が声明文に酷似しているとして警察に通報、1996年逮捕される。Davidは情報提供者への100万ドル(1億円)の報奨金を受け取り、「犠牲者の悲しみを少しでも和らげるために使いたい」として信託基金を作り、犠牲者への支払いを現在も続けている。



小屋の中からは製造中の爆弾、化学薬品の容器、電池と銅線、声明文の原稿、郵送した爆弾の爆発を伝える雑誌などが見つかった。日記の中には、あいつらの手を吹き飛ばしてやるといった記述から、性転換手術について精神科医に相談したということまで詳細に書かれていた。住んでいた小屋は、裁判の証拠として丸ごと運ばれた。

FBIが公表した似顔絵

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

25年に渡って森で隠遁

(CNN)


               裁判


弁護士は妄想性精神分裂病であるとして精神鑑定を求め、死刑を避けようとしたが、本人は精神病ではないとして有罪を認めた。


私は妄想やそうした類のものに取りつかれているわけではない。青年期に社会に適応するのに障害があっただけだ。それを病気という人は多いが、分裂病のような器質性の疾患とは区別する必要があるだろう

"I don't get delusions and so on and so forth. I mean, I had very serious problems with social adjustment in adolescence, and a lot of people would call this a sickness. But it would have to be distinguished between an organic illness, like schizophrenia or something like that." 

弟Davidの通報で逮捕されたことには怒りを感じており、獄中で著した本、「真実と虚構(Truth Versus Lies:Context Books of New York)」の中で、弟Devidについてこう言っている。

自分のしたことに罪悪感を感じているのは間違いないが、常に自分より優れていた兄に復讐した満足感は、その罪悪感を上回っているだろう

It's quite true that he is troubled by guilt over what he's done," the article quotes Ted as saying about brother David, seven years his junior. "But I think his sense of guilt is outweighed by his satisfaction at having finally gotten revenge on big brother.


また、もし兄弟がユナボマーだと思ったらどうするかと質問され、「私なら黙っている"I would have kept it to myself."」とも述べ、弟が会いに来ても背中を向け何も語らないとまで言っている。通報した弟をゆるすには、弟Davidが自分について述べた「嘘」を撤回し、妻と離婚し、現代社会の全てを捨て去ることが必要とし、そうでなければ、

最低のクズ野郎だ。はやく死んだ方がいい

he is the lowest sort of scum and the sooner he dies, the better."

Burrell判事は、「被告人は筆舌に尽くしがたい凶悪な犯行に及び、しかも全く反省していない」とした。自白した犯行は16件、4つの終身刑と仮釈放なしの懲役30年が確定、コロラド州Florence刑務所に収監された。


一生を刑務所で過ごすより死刑になりたい
"would rather get the death penalty than spend the rest of my life in prison."

と述べ、自殺の恐れがあるため厳しい監視がついている。

弟David(CNN)

(CNN)


 

                動機

証言が一見矛盾するため、動機が何であるかについては、様々な説が飛び交っている。小屋で書いていた日記にはこう書かれている。

動機は単なる個人的復讐だ
"My motive for doing what I am going to do is simply personal revenge."

何も信じてはいない

"I believe in nothing," 

一方で、激しく現代社会を攻撃している。ワシントンポストに掲載された声明文によれば、産業革命こそが人類史上最大の悲劇であり、技術の進化のせいで人間性が奪われていると35000語に渡る長文で主張している。

ただ、もし声明文に書かれたように現代社会や近代科学に対して敵愾心を持っているなら、なぜ爆弾を個人に郵送するという被害が小さい方法を選んだのかか疑問として残る。元大学教授という極めて知能の高い犯人であることからして、現代文明そのものを破壊しようとするなら、大規模な爆弾テロ、水源への細菌散布などもっと破壊力のある方法を考えるはずである(声明文中で暴力革命を否定しているが、爆弾を送るのは暴力に当たる)

以上の点から、個人的怨恨を「反技術」という言葉で補強・正当化したのだろう。おそらくは、妄想型人格障害にかかっており、かつて嘲笑されたことから人々や社会をすべて敵として考え、復讐することが最大の動機だったはずだ。

技術を否定した原始共産社会を理想とし、「自然という理念を世に広めて革命を起す」という主張は、ポル・ポトと酷似している。(ポル・ポト:1976年政権についたカンボジアの独裁者で、100-300万人の国民を虐殺。犠牲者の正確な数は不明。通貨を廃止し、車や電話の使用を禁止した)


               犠牲者

死亡したThomas Mosserは広告会社役員。婦人は裁判で、15ヶ月の娘が血を流して倒れている父親のそばで、"No, no, no, not my Daddy!"と泣き叫んでいたと、時折すすり泣きながら証言した。

85年、爆弾で負傷した時ミシガン大学大学院生だったNicklaus Suinoは裁判で、こう述べた。

彼は自分で最もなりたくなかった「機械」になってしまった。良心を持たない空っぽの殺人機械に…

 

               声明文

(manifesto:434kb)原文:英語

約35000語。

ニューヨークタイムズやワシントンポストに掲載された。

<<要旨>>

産業革命こそが人類最大の悲劇だ。テクノロジーの果てしない競争が人間を精神的に追い込んでいる。既存の秩序を揺るがすような理念を創造し、社会に広め工業社会にくさびを打ち込まなければならない。技術を否定した原始的社会こそが理想であり、そこでは人間の真の自由が約束される。

●暴力革命は否定している

●無政府主義ではなく小規模共同体の政府は認める

●「自然」という理念を世界に広めろ

 

 

(とまと注

犯行声明文は、あまりにくだらなくて全部読む気がしなかったので、上記要約は多少違うかもしれませんm(_ _)m

 

 

 

 

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